こんにちは。
寝る時は真っ暗でないと寝られない冬灯です^^



今日は世界のクラシック音楽家からヨハン・クーナウの紹介です。






   ヨハン・クーナウ

ドイツ・バロック音楽の作曲家、オルガニスト、チェンバロ奏者。

ドイツ・ザクセン州ガイジングで大工の息子として生まれたクーナウは、ドレスデンの著名なキリスト教学校に奨学生として通った。

その後ライプツィヒで法学を学び、ツィッタウにおいてカントルの地位についた。

1682年、クーナウはライプツィヒに戻る。そしてこの地で1684年から聖トーマス教会のオルガニストを務め、トーマスカントルの地位に就き、1722年に逝去するまで生涯にわたりその地位にあった。

彼の後任のトーマスカントルはバッハである。

加えて、クーナウは同じく1701年から、大学音楽監督となった。

クーナウの作品は、鍵盤楽器のための楽曲が良く知られる。

彼のチェンバロのための楽曲「聖書ソナタ」は、一般に標題音楽と見なされている。





   




クラヴィア演奏のための6つのソナタによる聖書の物語の音楽的描写 ダヴィデの音楽により癒されたサウル(3楽章) 第3楽章より







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テーマ : クラシック    ジャンル : 音楽
 2020_09_18



こんにちは。

韓国ドラマは好きになれない冬灯です(;^_^A



今日はクラシック音楽家の紹介です。






   ジョン・ケージ

アメリカ出身の音楽家、作曲家、詩人、思想家、キノコ研究家。
実験音楽家として、前衛税術全体に影響を与えている。
独特の音楽論や表現によって音楽の定義をひろげた。
「沈黙」を含めたさまざまな素材を作品や演奏に用いており、代表的な作品に『4分33秒』がある。

カリフォルニア州のロサンゼルスに生まれる。
父のは発明家で、母方の叔母と叔父には音楽家がいる。
父は1912年に潜水艦を建造して当時の世界記録を更新したが、ガソリン・エンジンだったため兵器には採用されなかった。
ケージは家族の転居によって多くの学校に通い、サンタモニカでピアノを習いはじめる。
ロサンゼルスのハイスクールを優秀な成績で卒業し、クレアモントのポモナ・カレッジに入学するが、学業に興味を失い渡欧の計画を立てる。
マジョルカではじめて作曲を行なうが、当時の作品は現存していない。
31年にアメリカに戻り、ピアニストのリチャード・ビューリックに頼み込んで音楽を学ぶ。

1933年から、現存する最初の作品を創る。
1937年の文章「音楽の未来 クレイド」(『サイレンス』所収)では、電気楽器の可能性、ノイズの重視、実験的音楽センターなどのアイディアを述べている。
1940年に、グランドピアノの弦に異物(ゴム・木片・ボルトなど)を挟んで音色を打楽器的なものに変化させたプリペアド・ピアノを考案し、『バッカナル』で初めてこの楽器を用いる。
このころからアイディアが最優先する発明作品が増え、居間にある全ての物体を叩いて音楽を作る『居間の音楽』、ピアノの蓋を閉めて声楽を伴奏する『18回目の春を迎えた陽気な未亡人』などを作曲した。

1951年、ハーバード大学で無響室を体験する。
ケージは無響室に入ったときに体内からの音を聴き、沈黙をつくろうとしてもできないこと、自分が死ぬまで音は鳴り、死後も鳴りつづけるだろうと考えた。
1954年に、ストーニー・ポイントで菌類学の勉強をはじめる。
1950年初頭には中国の易などを用いて、作曲過程に偶然性が関わる「チャンス・オペレーション」を始め、貨幣を投げて音を決めた『易の音楽』などを作曲。
演奏や聴取の過程に偶然性が関与する不確定性の音楽へと進む。
やがて、それまでの西洋音楽の価値観をくつがえす偶然性の音楽を創始し、演奏者が通常の意味での演奏行為を行わない『4分33秒』などを生み出した。

ケージの作品で最も有名なもののひとつである『4分33秒』は、曲の演奏時間である4分33秒の間、演奏者が全く楽器を弾かず最後まで沈黙を通すものである。
それはコンサート会場が一種の権力となっている現状に対しての異議申し立てであると同時に、観客自身が発する音、ホールの内外から聞こえる音などに聴衆の意識を向けさせる意図があったが、単なるふざけた振る舞いとみなす者、逆に画期的な音楽と評する者のあいだに論争を巻き起こした。

晩年は、ナンバー・ピースと呼ばれる題目が数字だけの作品が増える。
ナンバー・ピースに属する作品は、タイトルの数字が楽器または演奏者の数(パート譜の数)を示し、その右肩の小数字が、その数のために書かれた何番目の作品なのかを示している。
ピアノのための『One』などの独奏曲から、『Seven』や『Eight』などのアンサンブル曲、『101』や『103』、『108』などの巨大編成のオーケストラ曲まで、様々な作品が書かれた。
中には、1人のカメラマンのための『One11』(一種の映像作品。この作品は『103』との「同時演奏」が可能。つまり、『103』は映像作品『One11』の一種のライヴ・サウンドトラックである)のような特殊な作品、のために書かれた作品もある。
チャンス・オペレーションを用いた展覧会「ローリーホーリーオーバー サーカス」を構想していたが、1992年8月12日、脳溢血のためにニューヨークで死去した。79歳没。






   



では、代表作「4分33秒」を。

放送事故ではありません(笑)
それにしてもこの時間帯がもったいないと思うのは私だけだろうか。
しまいにはイライラしてくる(笑)

ただ単に私に集中力と感性が欠乏しているからそう感じるのだろうか・・・。

彼は独創的で、きっと研究熱心な勉強家だったのだろう。
キノコを研究したり、一見音楽とは関係のなさそうなことまで勉強して、音楽にその関係性を繋げているところを鑑みると、ひじょうに面白い思考を持っている人間のようだ。

大きく捉えれば、確かにこの世の理は音楽と通ずるものがあるには違わないのだろうけど、彼の頭の中の構造はちょっと凡人とは異なるらしい。
それを所謂変人とみなすのか、天才と称えるのか、分からないけれど。








テーマ : クラシック    ジャンル : 音楽
 2020_08_20



今日の記事はクラシック音楽家の紹介です。





   ☆フランソワ・オーベール

フランスの作曲家。
1782年、フランスカーンに生まれる。オペラの分野で活躍し、50あまりの作品を遺した。

パリ・オペラ座ではワーグナーと人気を二分するとまで言われたが、現在では彼の作品はほとんど忘れ去られ、数曲の序曲(特に最も成功したオペラ『フラ・ディアヴォロ』)がごくたまに抜粋で演奏されるか、埋もれた作曲家の作品として録音される程度である。


◎作品
フラ・ディアヴォロ
ポルティチの娘(マザニエッロ)
媚薬
青銅の馬
黒いドミノ など。

ではその中から「フラ・ディアヴォロ」を載せようかと。






   

少し長いですが、お時間ある方はどうぞ楽しんでいって下さい^^





いかがでしょうか?
後世にあまり知られていないのが残念ですが。

それではまた^^







テーマ : クラシック    ジャンル : 音楽
 2020_08_04



今日はクラッシックについて語ろうかと思います。

マウリシオ・カーゲル。ご存じの方いますか?





   ☆マウリシオ・カーゲル

20代でドイツに渡り、生涯をそこで過ごした。 

1931年に、アルゼンチンのブエノスアイレスにて生まれ、作曲独学で学ぶ。

ケルンに移住し、ケルン放送の電子音楽スタジオで制作するなど、前衛音楽を推進。

音楽と劇、映画を総合した芸術を提唱、独自の「総合芸術」として自ら企画して出演した。

2008年に、ドイツのケルンで死去。76歳没。


カーゲルの音楽は、パフォーマンス的な性格が強く、社会的な批判や皮肉を備えたハプニング的要素が特徴となっている。

主要作品として、全編がベートーヴェンの作品からの引用で構成される「ルートヴィヒ・ヴァン」、ヨーロッパ風の音楽教育を受けた演奏家が民族楽器を演奏する「エクゾティカ」、ストーリー性を排除した舞台作品「国立劇場」などがある。 


「フィナーレ」の楽譜の中には、「指揮者が倒れる」という指示が出されており、曲は25分程度であるが、20分ほどのところに指揮者が仰向けに譜面台もろとも倒れるように指示がある。

その後の指揮はコンサートマスターが代わりにするように記載されている。 


他には、「ティンパニとオーケストラのための協奏曲」の終結部において、ティンパニの中に奏者が飛び込むといった指示もある。

これは、ある1台のティンパニの鼓面(ヘッド)を外して替わりに紙を張り、そのティンパニは置くだけで曲中は演奏に使用せず、曲の最後に奏者が飛び込む(打面替わりに張った紙を破って上半身をケトルに突っ込む)、というもの。


初期はオルガンの音栓を片っ端から開け閉めする「追加されたインプロヴィゼーション」など過激な作風であったが、年齢を重ねるにつれ、その指向は「自分史」「宗教」「テロ」と社会へのアピールが強くなり、必ずしも過激な音色ではなくなっていた。 



◎作品

ルートヴィヒ・ヴァン

42人の奏者のための《ヘテロフォニー》

ソナント

オルガンと2人の助手のための《アンプロヴィザシヨン・アジュテ》

真夜中の作品 など。


今日の一曲は「ルートヴィヒ・ヴァン」

良かったら聴いていって下さい^^






   



映像もかなり面白い(笑)
変わった人だったのでしょうね~
なにしろ指揮者が倒れたり、奏者が飛び込んだりするらしいですし(;^_^A
すごいことを考えるものです。
時代がもっと昔なら追放レベルでしょうね。

まあ、こんな作曲家がひとりくらいいても面白いのかもしれません。
芸術とは奥が深い・・・(笑)







テーマ : ピアノ    ジャンル : 音楽
 2020_06_02



本日はクラシック音楽の記事です。
優雅な気分に♪





  ☆エドワード・エルガー

イングランドの作曲家であり、指揮者。
元々は音楽教師でバイオリン奏者。

最もよく知られるのは『エニグマ変奏曲』や行進曲威風堂々』、ヴァイオリン協奏曲チェロ協奏曲、2曲の交響曲などである。
また、『ゲロンティアスの夢』をはじめとする合唱作品、室内楽曲や歌曲も作曲した。 

エルガーは1857年6月2日、ウスター近郊ので生まれた。
父はドーヴァー育ちでロンドンの音楽出版社での見習い経験を持つ、ウィリアム・ヘンリー・エルガー。ウィリアムはピアノ調律師として働きながら楽器商として楽譜や楽器を販売する店を営んでいたた。
1848年、彼は農家の娘であったアン・グリーニングと結婚する。

ウィリアムはプロ並みの腕前を持つバイオリニストであり、ウスターのセントジョージ・カトリック教会ルガニストを務めていた。
エルガー家の子どもたちは皆、音楽を教え込まれており、エドワードは8歳までにはピアノとバイオリンのレッスンを受けていた。
彼は時おり、名だたる家々を回ってピアノを調律していた父に連れられて出かけていき、地元の名士らの前で技量を披露する機会を与えられた。
エルガーは幼いころから作曲を始めていた。
10歳頃にはきょうだいで演じる劇を作曲しており、その40年後に彼は若干の修正のみを行ったこの曲にオーケストレーションを施し、組曲『子供の魔法の杖』とした。

結婚は29歳の時、ピアノの教え子であったキャロライン・アリス・ロバーツ。
彼女は8歳上で、陸軍少佐の娘であった。
作曲家としての名声を確立していき、数多くの作品を残し、1934年2月23日に76年の生涯を閉じた。

◎代表曲
威風堂々
黒騎士
ポローニア
星明りの急使 などなど。

今日は数多くある名曲の中から「子供の魔法の杖」をセレクトしたいと思います^^



  





とてもファンタジーを感じる素敵な曲。
まるでディズニーの挿入曲のようです。
タイトル通りって感じですね。

先にも記したようにこの曲は少年の頃、兄弟姉妹と共に上演する劇のために作曲。
彼はその曲想をスケッチブックに書き留めておき、40年の時を経て、そのスケッチを基に2つの『子供の魔法の杖』組曲を作曲したのである。

機会があればまた他の曲も載せようと思います^^






テーマ : クラシック    ジャンル : 音楽
 2020_04_30




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Author:toka115507270224
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