昔書いた詩の発表会(笑)




   主(あるじ)


もっと私を見て!
しっかりと確かめて
あの人なんか知らない
あの子なんてどうでもいい
私だけを
私だけを見つめて

真実?
希望?
夢?

私の真実がどこにあるのか
教えて
自分では見えない
感じることさえできない
その確かなものを

希望や夢は
誰のために存在している?
あの人のためでもなく
あの子のためでもない
そう 私のためにある筈
なのに心に沁み通らない
思いは総て空回りで
何も手に入らない

ちゃんと私を見て!
私だけを
あなたの確かな
その両の眼(まなこ)で
その慈悲深い
両の掌で受け止めて

何もできない
すればするほど
知れば知るほど
幸せも正義も
遠ざかってしまう

どこへ行ってしまうの?
どうして私の手の内から
逃げていってしまうの?

何が原因か
何がいけないのか
いつでも真実を
見つめているつもりなのに
気付くと流されている

ああはなりたくない
こうはなりたくない
想いは焦るばかりで
ちっとも体がついていかない

私の未来
私の生
総て遠い存在
何も感じない
この世の中

人々は感情のない
きいろい人形
ただ動いて 眠って
夢を見ているのだろうか
愛を感じているのだろうか

知らない 知らない
私は知りたくもない
目を瞑ろう
あの子たちのように
何も知らないふりをして
生きていこう
永遠に
そう誓った筈なのに
やっぱり眠れない

魂は水音のように
やがて滝となるであろう

やっぱり私は真実を見たい
見つけたい

あの人なんて知らない
あの子なんてどうでもいい

お願い
私を見て!
私だけを

私の総てを
存在を
あなたに捧げるから

だから私だけを
あなたのお傍に




世の中をよくしたい
世の中を変えたい

あらゆる人々のために
あらゆる万物のために

でもそこに私欲はないのか
本当にないと言い切れるのか

正義と信じていることに迷いは生じないのか
命を捧げることに矛盾はないのか

テロまたは革命と思って活動する人間の心とは


そんなことを考えて・・・





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テーマ : 自作詩    ジャンル : 小説・文学
 2020_04_16



昔の詩。
とはいえ、オリジナルではありません。




   懺悔文


我ら懺悔す
生まれてこの方
妄想に惑わされ
衆生を作る

身口意の業
常に顛倒して
過って無量不善の
業を犯す
珍財を慳悋(けんりん)して
施しをせず
意のままに放逸にして
戒(かい)を持せず
しばしば忿怒(ふんぬ)を起こして
忍辱ならず
懈怠(げたい)を生じて
精進せず
心意散乱して
座禅もせず
諸仏を厭悪(えんの)するを
恥じず
菩薩の苦悩する所を
畏れず
遊戯笑語していたづらに
年を送る
空しく日を過ぐ

善業を勤めずして
悪行を営む
利養を得んと欲しては
自徳を讃じ
名聞を求めんと欲しては
他罪をそしる

勝得の者を見ては
嫉妬をいただき
卑賎の者を見ては
驕慢を生ず
富饒(ふねう)の所を聞いては
希望をおこし
貧乏の類を聞いては
常に厭離(おんり)す

ことさらに
殺し誤って殺す
有情の命(めい)
あらわにとり
密かに取る
他人の財
觸(ふ)れずしても
非梵行を犯す
仏を観念する時は
攀緣(はんえん)をおこし
経を読誦する時は
文句を錯(あやま)る

もし善根(ごん)を作れば
有相に住し
却って輪廻生死の
因縁となる
行住坐臥
知ると知らざると
犯す所の是(かく)の如くの
無量の罪

今三寶(さんぽう)に對(たい)して
みな発露し奉る
慈悲哀愍して
消除せしめ給ひ
乃至(ないし)法界の
もろもろの衆生を
三業所作の
是の如くの罪を
我みな相(あい)代わって
悉く懺悔す

更にまた
その報いを
受けしめざれ

南無慚愧懺悔無量
所犯罪


(訳)
われは懺悔する。妄想にとりつかれてもろもろの罪を犯してきました。
身と口と意(こころ)の行いは、つねにひっくりかえり、多くの悪行を誤って犯してきました。
財産を惜しんで人に施さず、気の向くままに、ふしだらな生活をし、戒めなどまったく守らなかった。

よく腹を立て、我慢をしない。怠けることばかり考えて、少しも努力をしない。
心はいつも乱れているが、座禅などしたことがない。
道理にはずれているのに、智慧を磨こうともしない。
六波羅蜜行などしたことがないのは、かえって地獄行きのもとをつくっているのだ。

僧侶の名を借りて寺院を汚し、僧侶の格好をしてお布施をもらっているのだ。
授けられた戒律は、とっくに忘れてしまい、学ぶべき修行は嫌いになっている。
諸仏が嫌がっていることを恥とせず、菩薩たちを悩ませていることを恐れない。

遊びまわり、冗談を楽しんでいるうちに年をとり、人に心にもないお世辞や、嘘をいっている間に、むなしく日は過ぎていく。
善き友を避けて、愚かな友と親しみ、善いことをしようとしないで悪いことをしてしまう。
名誉がほしいので自画自賛をし、徳の高い人を見ては、ねたましく思う。
自分より劣った人を見ては高慢になり、金持ちの暮らしを聞いてはあこがれ、貧乏な暮らしを聞いてはおぞましく思う。

過失で殺すも殺意を持って殺すも殺人にかわりなく、強盗にしてもコソ泥にしても盗人にかわりがない。
触れても触れなくても、不倫な行為は不倫である。
悪い言葉や悪い心のはたらきが互いに重なって、仏を観想しても心が落ち着かず、経を読んでも間違える。

もし善いことをしても、その結果を期待するから、かえって迷いの世界に入るもととなる。
毎日の暮らしのなかで、知らないうちにたくさんの罪を犯している。
いま、仏・法・僧の三宝のおん前で告白いたします。
なにとぞ慈悲のお心でおゆるしください。

ここに、すべてを懺悔いたします。自らの行いと、言葉と、心の動きによってできた罪を、わたしはすべての人
に代わって、懺悔いたします。
なにとぞ、すべての人が悪行の報いを受けませんように。




タイトル名は縮めてありますが、元は蜜厳院発露懺悔文(みつごんいんほつろざんげぶん)といいます。
真言宗の祖、興教(こうきょう)大師が腐敗した真言宗総本山金剛峰寺(こんごうみねじ)の内紛に、深い憂いを持ち、寺内の自所「蜜厳院」で3年あまりに及ぶ無言行を敢行。
その後、一筆のもとに書き上げたと言われる偈文(げぶん)であります。

真言宗の宗派によって、多少は言葉が違いますが、言っている意味は同じ。
ちなみに上の文は、大抵護摩を焚く前に僧が言う言葉で、つまり我々に代わって僧が懺悔文を諸仏に伝えている訳です。

このブログを覗いて下さってる方はもう既にご存知かと思いますが、私の父は真言宗の僧都で、やはり護摩を焚く前にこの懺悔文を言うんですが、幼心にこの言葉がひじょうに悲しく、切なく思ったことを覚えています。
もちろん、今でも毎回聞く度に泣きたくなるくらい、己を懺悔したい気持ちになります・・・。

偈文というのは、他にも沢山あるんですが、どれも胸が苦しくなるくらい(後ろめたいからか・笑)、考えさせられるものばかりです。
そして、現代文ではなく、古語だから余計ぐっとクルものがあるのでしょうね・・・。

ほとんど手を加えずに書いたもので、難しい仏教用語もいっぱいあるけれど、言葉のひとつひとつを解いてゆくと、奥の深さに初心と反省の気持ちが湧き出でてきます。




テーマ : 詩・ことば    ジャンル : 小説・文学
 2020_03_19



本日は宗教的な詩を。
これも二十代に書いた昔の詩。



   大日大聖不動明王(だいにちだいしょう)


金剛石を踏み沈め
後ろには大火を携え
左右には三十六童子を携え
顔の面(おもて)には憤怒の形相
内心には憐れみを垂れ給う
両の眼は天と地を睨み
口はあうんの二字を含み
両の牙は天地和合を噛み締め
御身には曼荼羅の袈裟を掛け
左の御手には縄を携え
右の御手には剣を携え

地獄に堕ちようとする者を助け
人々を救い給う有り難きお姿

宵の明星
夜中の明星
明けの明星
そのお姿こそは
大日大聖不動明王なり

不動を前に護摩を焚き
祈り
呪い
供養す

明星の大威力で
この世の悪を
懲らしめ給うなり




メインはお不動様。
正式名称は、大日大聖不動明王。
大日如来の化身とされる仏さまです。

うちは真言宗なので、お不動様は護り本尊です。
護摩は大抵がお不動様の前で焚くことが多いです。

敬意と信仰と愛を込めて。。。





テーマ :    ジャンル : 小説・文学
 2020_03_15



今日は詩です。
昔書いたものから。



   いろは唄


水無月に讃岐の国
屛風ヶ浦に誕生されし大師
御歳七つで所生のために
身を捨てて
五つの嶽(たけ)に立雲の立(たつ)る
誓いぞ頼もしき

わが日本の人民に文化の
花を咲かせんと
四句の偈(げ)を作った短歌

いろはにほへとちりぬるをわか
よたれそつねならむうゐのおく
やまけふこえてあさきゆめみし
ゑひもせす 

いかなる無智の幼子も
習うに易き文字なれば
知れば知るほど
意味深し

この世を救う唄なれば
大師の力量に
ただ感服す

幼子から老人までみな知っている
いろは唄




真実は分かりません。
けれど、小さい頃からいろは唄はお大師さまが作ったと聞かされて育ちました。
世間的にはそうですよね?
実際には色んな説があるそうですが。

ここでは空海が作ったという話を元に綴っています。


詩にしたように、空海は7歳の時、自分を試すため崖から身を投げたといいます。
四国に住んでる方なら有名な話なのかな。
讃岐の国、今の香川県にある善通寺。裏の山だそうです。

いろは唄の最後に「ん」が付きます。
「あ」で生まれて「ん」で終わる。まさに納得してこの世を去るという意味も含まれているとよく父から聞かされました。





テーマ :    ジャンル : 小説・文学
 2020_03_11



お大師を想って・・・。
昔の詩。




   遍路唄


われ懺悔すために詣った
遍路旅
人は
噂に埋もれ
雑音を吐き憎む

われ
真実を求め
尊きを求める

笠をかぶり
手には金剛杖をもち
同行二人(どうぎょうににん)の
白装束

階段を上がり
坂を上がり
苦しいながらも
六根清浄

大師と共に
巡礼旅
足の重みも
なんのその
足の疲れも
なんのその

われ
生まれてきた
意味を問う
われ
人生を問う

われ
罪を償う
われ
生きていることに
感謝す

汗を流し
喉が嗄れるまで
経を読誦す

瞼に浮かぶ
大師の顔
慈悲深い
仏のお姿
ご接待のお気持ち

われは
生かされている
生きていることの
歓びを
肌で感じて
有り難や
父母にも
有り難や

驕りも
憎しみも
総て消し去る霊国の
有り難さが
身に沁みて
無心で手を掌(あ)わせる
わが心

梅の花
桜の花
藤の花
色とりどりの
美しい花たちが
迎えてくれる
花遍路

自問自答を
繰り返し
心穏やかに
悟りを
開き
六根清浄と
杖を突く

大師と道連れに
精神道場を巡る
わが心

生命(いのち)の洗濯をし
昨日を懺悔し
今日を反省し
明日に祈る

酒を飲んでは
供養のため
賽銭しては
供養のため

やがて
嬉しや
満願を迎えて
わが眼が潤む

ああ
南無大師遍照金剛

われ
独りではなし
われ
共に大師と在り




小さい頃から行っている四国遍路。
お金もかかりますが、やっぱりお参りというのはいいものです。
全く知らない同士でも、すれ違えば気持ちよく挨拶を交わし、感謝の心を思い出させてくれ、そして日々のことを懺悔する。
大切なことです。

四国にお住まいの方はみなさん知っていることだと思いますが、本当にお遍路さんに優しい土地の人々です。お接待と言って、果物やお菓子やお茶を気持ちよく振る舞ってくれます。
あの心配りには感謝の言葉しか出てこない。救われます。素晴らしい風習、習慣だと思います。
幼い頃は、お布施も頂いたりしました。

四国は本当に素晴らしい土地だと思います^^





テーマ :    ジャンル : 小説・文学
 2020_03_07




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