こんにちは。


トマト大好きな冬灯です^^


部屋のクーラー故障の為、いつも記事は書き溜めているものを予約投稿しております。

皆様のブログへの訪問は携帯から通っていますが、コメントの書き込みや頂いたコメントへのお返事はパソコンから行っております。

部屋からではとてもではないですが、湯だった蒸し風呂のような温度の中書き込むことが流石に困難なため、ネットカフェを利用して行っております。

そのため、お返事が大変遅くなっております。

いつもコメント頂いている皆様に大変申し訳ありませんが今しばらくご容赦お願いしたく存じます。

勝手ながら申し訳ありません。。


もちろん、遅くはなりますが必ずお返事書かせて頂いております。

宜しくお願い致します。


          陳謝






今日は百人一首の記事です。
前回に続き、5首目の歌。






奥山に 紅葉ふみ分け なく鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき


        猿丸大夫(たいふ)


〇意味
山奥で、散った紅葉をふみ分けながら鳴いている鹿の声を聞く時こそ、秋は悲しいものだと感じられます。



〇解説
秋の終わりに、山奥で鹿の鳴き声を聞いて詠んだ歌。

人里離れた山奥で、紅葉が積もる地面を歩きながら鹿が鳴いている。
鹿が紅葉を踏むカサカサという足音や、切ない鳴き声を聞いた作者は、そこに秋の寂しさを見出している。
雄の鹿は、秋の終わりになると雌の鹿を呼んで鳴く習性がある。
この歌では、鹿の悲し気な鳴き声に、遠く離れた恋人を思う男性の気持ちを重ね合わせている。


〇要約
「あなたを恋しく思っている私と同じように、きっと鹿も寂しいのだろう」という意味。




※作者
猿丸大夫・・・三十六歌仙にも選ばれた歌の名人。
しかし、実際にどんな生涯を送ったのかは謎。
彼が作ったと断言できる歌は、実は一首もない。
古今和歌集では詠み人知らずとされている。
奈良時代頃の伝説的な歌人。
本当に存在していた人物かは分かっていない。





紅葉の散った深まった秋のイメージ。
うら淋しく、幻想的な雰囲気を思い浮かべられる歌。
そんな中を鹿が人恋しそうに歩いている場面は、美しくも儚く切ない印象を与える。
誰しもが遠く離れた恋人を思い浮かべるであろう、その風景。
まるで映画のワンシーンのよう。
こうやって、イメージを膨らませるのも歌の良さのひとつですね。









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 2020_08_25



今日は前回の続きの百人一首の紹介です。

本日は4首目。
私の好きな歌です。






田子の浦に  打ち出でてみれば  白妙の  ふじの高嶺に  雪は降りつつ



                      山部赤人



(意味)
田子の浦に出かけて遠くを眺めると、真っ白な富士山の山頂に、しきりに雪が降っていることだよ。



(解説)
冬に雪が積もる富士山を、田子の浦から眺めて詠んだ歌。



(作者)
山部赤人・・・奈良時代初期の代表的な歌人。
       三十六歌仙の一人でもある。自然の景色をよく詠んだ。



(ポイント)
平安時代の和歌や物語にも度々描かれる富士山。

昔の人々は、日本一高くそびえる富士山を、神の住む山と考えて信仰していた。
神秘的な姿が、神々しく感じられたのだろう。



(用語)
白妙・・・「白いもの」を導きだす枕詞梶の木などの木の皮の繊維で織った素朴な白い布

田子の浦・・・駿河国の歌枕静岡県富士市の田子の浦がその地とされているが、『万葉集』の「田子の浦ゆうち出でて見ればま白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」の「田子の浦ゆ」は「田子の浦を通って」と訳すほかはないので、当時の田子の浦は、むしろ富士山が見えない山蔭(やまかげ)であったということになり、富士川河口の西、由比、西倉沢、薩埵山(さったやま)のあたりを考えるのが通説になっている。

現在、「田子の浦」とされているところは、富士山のすぐ南側、富士川河口の東側。
いっぽう、赤人の時代の「田子の浦」だと考えられている由比は、富士川河口の西側で、現在はパーキングエリアがある。



作者は田子の浦に訪れた時、遠くに見えた冬の富士山の景色に感動して、この歌を詠んだのだろう。
田子の浦と富士山は、離れた場所にある。
田子の浦から山頂を眺めても、雪が降っているかどうかまでは、本当は分からない。
赤人は富士山に雪がしんしんと降り積もる様子を心に描き、言葉にしたのだろう。
作者の感じ方を通して、雪化粧した富士山の姿が伝わってくるようだ。

彼はきっと心が豊かで、想像力のある歌人だったのだろう。そして、ロマンチスト。
見えない景色を想像して楽しんだのだろう。
富士山に雪。
清々しく、美しい光景。彼の思い描く想像力に同感する。



(要訳)
「冬の海辺から見える富士山は、綺麗だなあ。真っ白な雪が山頂に降っているよ」という歌。







ではまた次回。






       

テーマ : 日本文化    ジャンル : 学問・文化・芸術
 2020_07_31



大好きな百人一首。

今日は続きを書きたいと思います。





足引きの  山鳥の尾の  しだり尾の  ながながし夜(よ)を  ひとりかもねむ


                        柿本人麻呂



(意味)
山鳥の長くたれさがった尾のように、夜は長い。この長い夜を、私はひとりで淋しく寝るのでしょうか。


(作者)
柿本人麻呂~奈良時代の代表的な歌人。
      平安時代以降、歌の神様として崇められた。
      三十六歌仙の一人でもある。


(解説)
秋の夜に、恋人と離れて眠る淋しさを嘆いて詠んだ歌。



(ポイント)
淋しさを強調させる「山鳥」

山鳥のオスとメスは、昼間は一緒でも夜には別々の場所で眠ると考えられていた。
このことから、恋人と離れてひとりで眠る淋しさを表現する時によく用いられている。
山鳥は日本だけに生息する鳥で、九州、四国、本州の山に住んでいる。



(文法)
あしびきの・・・枕詞。「山」「峰(を)」などにかかる。



ひとりで眠ると淋しくて、夜がいっそう長く感じられる。
作者は、本当は恋人と一緒に過ごしたかったけれど、離れ離れに眠るしかなかったのだろう。
秋の静かな夜に、恋人を想って過ごす、男性の切ない気持ちが詠まれている。

山鳥は雉の仲間の鳥で、オスには長い尾がある。
オスの尾は、40~90センチメートルもの長さがあるらしい。
この歌では、山鳥の尾の長さと、夜の長さとを重ねて表現している。



(要訳)
「ひとりで眠る秋の夜は淋しいものだ。恋しいあなたと一緒に眠りたい」という歌。



昔から秋の夜長というのは、人恋しく感じられる季節であるらしい。
物悲しく、寒々しいから余計にそう思うのだろうか。
切なさと恋しさと淋しさを感じられる、そんな歌だ。





ではまた次回^^








テーマ : 日本文化    ジャンル : 学問・文化・芸術
 2020_06_06



だいぶ間が空いてしまったけど、百人一首の続きです。

今日は2首目の歌。






春過ぎて  なつ来(き)にけらし  白妙の  衣ほすてふ  天(あま)の香具山


                     持統天皇



(意味)
春が過ぎて、夏が来てしまったようです。昔から夏に白い衣を干すといわれている天の香具山に、真っ白な着物が干されています。


(解説)
夏の初めに、緑の山に白い衣が干してある様子を見て詠んだ歌。


(作者)
持統天皇(645~702)
第41代天皇。天智天皇の皇女。
天武天皇の皇后。至上人目の女性天皇。


(用語)
白妙~樹木の繊維で作った白い布のこと。
白妙の衣~天の香具山に仕えていた巫女が着ていた服だと考えられている。また、神様に捧げる祈りの
     儀式に使われた布ではないかという説もある。


(文法)
らし~推定の助動詞






さわやかな夏の青空の下、緑の映える山に白い衣が干してある風景を詠っている。
この歌に出てくる香具山では、かつて、夏になると白い衣を干す習慣があったという。
作者はその様子を目にして、夏の訪れを感じているのだろう。

香具山は、現在の奈良県橿原市にある山。
その昔、天から降りてきてできたという伝説がある。このことから「天の香具山」と呼ばれるようになったという。
香具山の近くには、畝傍(うねび)山と耳成(みみなり)山があり、3つの山を合わせて「大和三山」と呼ばれている。

簡単に要訳すれば、「緑の山にはためいている白い布を見ると、夏が来たと感じる」と言っている歌。

歌が詠まれた場所については諸説あるものの、遷都前の藤原宮にて山を眺め詠まれたとされている。
持統天皇は、藤原宮を開いたことでも有名。
詳細についてはまた違う記事で書こうと思います。

さわやかな夏の情景が目に浮かぶような歌。清々しい気持ちになります^^


では次回・・






テーマ : 日本文化    ジャンル : 学問・文化・芸術
 2020_05_05



古典は好きで、百人一首も好きなもののひとつです。
でももうほとんど忘れちゃった(笑)

なので、また思い出すためにも、一から勉強し直してみようかと。
歌の意味や作者の思いや意図。そして時代背景。それにまつわる当時の政治や人間関係を紐解きながら、理解を深めていけたらと思います。




そもそも。
百人一首はどうやって生まれたのかを記しておこう。

正式名は小倉百人一首。その名の通り、小倉山(京都)で生まれたからこの名が着いたとされる。
歌を選んだのは、藤原定家。
百人一首は、百人の歌人を一首ずつ集めたもの。
およそ、800年前の、1235年頃に作られた。

定家は、京都の小倉山にあった別荘で歌を選んだという。
定家は、息子の妻の父にあたる宇都宮頼綱から「山荘の障子に飾る色紙を書いてくれないか」と頼まれた。当時は、襖や屏風に和歌を書いた色紙を貼って飾ることが風流だったそう。
定家は、平安時代のものを中心に、奈良時代以前から鎌倉時代初期に作られた優れた和歌を百首選び、色紙に書いて贈った。
このことが百人一首のもととなった。

百人一首の歌は、すべて勅撰和歌集の中から選ばれている。
勅撰和歌集とは、天皇の命令により作られた和歌集のことで、多くの名歌が集められている。
平安時代に作られた「古今和歌集」が日本で初めての勅撰和歌集である。

定家は「古今和歌集」をはじめ、十の勅撰和歌集から歌を選んだ。なので、定家の好んだ歌ばかりが多く集まっているともいえる。
歌はほぼその歌が詠まれた年代順となっている。最も多いのは恋の歌で、次に多いのは四季の歌。
季節を詠んだ歌の中では秋をテーマにしたものが一番多い。

百人一首は歌集として作られたが、かるた遊びとして広がった。
かるたは、「貝覆い(おおい)」という平安時代の貴族の遊びが元になっているといわれている。
しかし、貝殻の内側に歌の書かれた貝覆いは見つかっていない。それとは別に貝の内側に歌を書いた貝歌がある。
貝殻の一方にには歌の上の句が、もう一方には下の句が書かれ、組み合わせるとひとつの歌になる。

室町時代になると、ポルトガルからカードゲームが伝えられた。人々はこれにヒントを得て、貝ではなく紙に歌を書いた。これが現在のかるたの起こりだという。
「かるた」という言葉は、ポルトガル語で「カード」という意味で、そのまま日本語にしたもの。
かるた遊びは、江戸時代から流行し、特に小倉百人一首の歌が書かれたものが一番親しまれた。

と、小倉百人一首の簡単な歴史とかるたに関する話はこの辺りにして。
早速最初の歌を紐解いてみよう。


 ☆秋の田の かりほの庵(いほ)の とまをあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

                                   天智天皇


(意味)
秋の田んぼの隅にある仮小屋は、草を編んで作った粗い造りなので、そこで番をする私の着物の袖は、夜露に濡れていくばかりです。


(解説)
季節は秋。
農民が仕事に勤しむ姿を作者が想像して詠んだ歌。

この歌は、百人一首でただひとつ、農民の姿を詠んだもの。
作者の天智天皇は、辛い農作業をする農民に共感して、この歌を詠んだという。
収穫をひかえた秋になると、農民は田んぼの隅に質素な小屋を作り、夜の間はその中で番をした。稲を鳥や動物に荒らされないように、徹夜で田んぼを守るためである。
この歌の農民は、秋の夜にひとり切りで小屋にこもり、朝が来るのを待っている。寒い夜に、苦労して田んぼを守る姿が表現されている。

「とまをあらみ」の「とま」とは、萱(かや)やすすきなどの草を編んで作った屋根や覆いのこと。
とまを使った仮小屋とは、乾いた草を編んで作ったテントのようなもの。目が粗いので、風や夜露が隙間から入り込んでくる。


(要約)
「収穫前の秋の田んぼは、侘しく静かな風情だ」と歌っている。




※天智天皇・・・626~671年。即位前の名前は、中大兄皇子。中臣鎌足とともに曽我氏を滅ぼし、第三十八代天皇に即位した。




天智天皇に関してはここではさらりとしておきます。
もちろん作者は皇子であり、この歌を作った頃はもう天皇という立場なわけで、実際にはこんな体験はしたことがなく、想像でしかないだろう。
では、なぜこんな農民の歌を作ったのか。
農民の苦労に思いを馳せ、庶民の苦しみや痛みを解する天皇という意図の元、作ったのではないかと推測される。
ただし、今ではこの歌は天智天皇が作ったものではないという説が定説となっている。

定家にとっては、尊ぶべき存在の天皇だったのだろう。そのために、この歌が一番目になったのではないかと思われる。

今の時代ではもちろん田んぼを夜間帯も番をするなんていう生活は誰もしていないだろうけど、当時としてはこの策を行わなければ、被害も大きかったのだろう。
当時の秋。今でいう何月頃に当たるのか分からないけど、それでも小屋の中に入ってくる隙間風の寒さやひとりきりの寂しさ・侘しさは辛かったろう。


では次回。






 2020_02_22




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Author:toka115507270224
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